グローバル・スタンダード

杉本博司写真展「漏光 LEAKAGE OF LIGHT」(ギャラリー小柳)のキャプション「虚ろな像」より。

シャッターはカメラにとって重要な装置である。
刻々と変化していく現実、とらえどころなく流れていく時間、に対して毅然とした態度で時間に線を引き、見るものを決定する。
漠然と存在していた実像としての現実は、この事によってはっきりとした方向性と意味を与えられた虚像としてフィルムに定着される。


これはそのまま「写真」というものの定義となる。
現実は虚像として捉えられるが、それは現実の単なるコピーではなく「はっきりとした方向性と意味」を持っている。これを決定するのがすなわち作者ということだ。
映像との決定的な違いも述べている。
時間を固定し(「時間に線を引き」)、見るものは作者によって決定される。あれもこれも、見たいものを見る自由は見る側にはない。
見るべきものはすでに提出されているのだ。
選択の余地はない。映像のように、あのときこうならばという現実を模倣することはもうできない。
そして、フィルムに定着された虚像としての現実は、それ自体が現実なのだ。